忘れの里 雅叙苑について - 忘れの里 雅叙苑

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忘れの里 雅叙苑について

忘れの里 雅叙苑 とは?

文・「貸切温泉どっとこむ」/温泉コム株式会社 代表取締役 大竹仁一

人は、絶望的な環境に置かれると、そこから這い上がろうと、今まで自分でも知らなかった力を発揮する場合がある。
そこには超ポジティブ志向の考え方が必要なのだが、田島健夫氏という人は、まさに経営不振のどん底の中から温泉宿というそれまでの既成概念を打ち破って、新しいジャンルの宿をこの世に誕生させた功績の持ち主なのだ。

別コンテンツのプロフィールを読んでいただければお分かりのように、最初から「雅叙苑」が成功したわけではない。
試行錯誤のうえ、考え出したオリジナリティの結晶が「雅叙苑」なのである。

1970年の創業以来、地獄の10年間を経験した中で、ふと彼はこう思った。
「なぜ、日本人はハワイやヨーロッパに旅行に行くのか?」
その答えは、「それは日常の違う文化に触れることに刺激や感動を求めているからではないのか」・・・と考えた。
実際、ここは鹿児島の田舎であり、ハワイやヨーロッパでもない。
ではどうするか?落ち着いて周辺の状況を眺めてみた。
当時の日本は高度成長期。
古いものを壊し、どんどん新しい建物を作っていった時代。
旅館も木造の建物から鉄筋コンクリートの建物にして収容力を増やして、大型化を競っていた時代だった。
現在のような古いものをできるだけ保存していこうという発想はほとんどなかったと言っていい。

彼はこの宿を最終的には「地方文化の伝達手段」と考えた。
だから、近隣の取り壊す予定の茅葺きの古民家を譲り受け、せっせと自分の宿へ運び込んだ。
そして、その敷地に小さな「村」を作った。
そこには、高度成長期に日本人が忘れてきた田舎の郷愁が凝縮された空間に詰め込んでいった。

マスコミは話題性と斬新さを好む。
「雅叙苑」はビジュアルにも分かりやすい宿でもあったから、一度メディアに載ればその噂は瞬く間に全国に広がった。

「雅叙苑」をよく知らない評論家が、演出過多の宿と呼んだ人がいた。
これは、まったくもって当たっていない。
茅葺きの古民家、岩をくり貫いた湯舟、放し飼いのニワトリ・・・などがよく取り上げられるので、そう思われるかもしれないが、外見だけでなく中身が凄い事を知らない人が言う言葉なのだろう。

例えば、料理。
分かりやすく、高級な食材を手に入れればいいものを、この宿は野菜ひとつとっても、自家菜園にこだわる。実に食材の90%以上は、自給自足で賄っている。
昔ながらの、外見は悪いけれども、中身は栄養たっぷりの野菜が、食材として使われる。
それは無農薬栽培にもこだわっているから。
だから、人が食べられるような野菜になるのは、30%にも満たないという。
残り70%の野菜は、やはり自社運営の「にわとり牧場」の鶏たちのエサとなる。
「雅叙苑」そして「天空の森」は、「エコの王国」。
食材になるまでの流れを説明するとこうだ。
広大な「天空の森」の落ち葉と、鶏の糞を混ぜて3年寝かす。

それが堆肥となる。

それを使って野菜を作る(有機&無農薬栽培)。

その野菜を料理の素材として利用する。

お客の食べ残しや野菜のカスを混ぜて鶏のエサとする(発酵飼料)。
・・・いかがだろうか。このサイクルが限りなく続けられているのだ。
まさに小さな旅館自体が、地球の営みと同じように見事にリサイクルしているのだ。

オーナー田島健夫氏は、「旅館」は「日本文化」のひとつと位置づけている。
そして、その「旅館」は「地域文化を紹介するプロバイダー」と考えている。
その地域文化の中心となるのが「食」。
それを見せかけだけの料理に仕上げるのは簡単だが、生産から調理に至るまで、すべて自分たちの手でやってしまおうというのが、田島流の考え方なのだ。

これは、ある意味、理想のカタチでもある。
しかし、前述のように、無農薬にこだわれば、お客に出せる野菜が30%出来ればいい方という現実。
つまり、無農薬栽培というのは「人手」がかかるという事であり、「コスト高」になるという意味でもある。
しかも「少量多品種」生産だから、なおさらだ。
「旅館業」に限らず、商売は、当たり前のように営利を追求しなければならない。
経営コンサルタントや大企業の社長は、口を揃えて、コストをいかに抑えるかを、まず第一に考える。
あの日産自動車の窮地を救ったゴーン社長も、ニックネームは「コストカッター」と呼ばれた。

ところが「雅叙苑」と「天空の森」を率いる田島社長の考えは、まるで逆の発想。
自らが地域文化の伝承者と考えているのか、その土地に根付いた、昔から食していた「本物の料理」を、ゲストに提供することをまず第一に考えているのだ。
言い方を変えれば、「採算度外視」。
非常にリスクの高い方法ではあるが、それが「雅叙苑」の常連客に支持されているおかげで今があるのだ。

例えて言えば、大根1つとっても、近所のスーパーや農家で買ってくれば安く済むところを、わざわざ手間をかけて作る「コストがかかっている」大根を使うのだ。
その愚直なまでのこだわりは、料理の献立にも表れている。
いわゆる上品な懐石料理ではなく、昔から薩摩地方で大事なお客をもてなす際に出される料理を作ることを心がけている。

そんな裏の事も知らず、見た目だけ評論し、料理の素材も高級なものを使わない・・・などとクレームをつけるブログやクチコミ情報をたまに目にすることがある。
残念ながら「雅叙苑」の考え方、大げさに言えば思想を理解できなかった人たちなのだろう。

しかし、そんな硬派なポリシーがあるにも関わらず、なぜかこの宿は底抜けに明るい。
薩摩らしい大らかさがある。
田島健夫という、根っからの明るい人間が造った宿だから、そうなるのは当たり前。

そして、オープンな人だからアイディアもどんどん同業者に提供する。
すると、全国に雅叙苑もどきの離れの宿が、どんどん誕生していった。
マネをされるのは、本物の証拠。
あのアマンリゾートも、ある設えを参考にしたと思われる節がある。
でも、模倣者にはいつになっても元祖には勝てない。
それ以上の新しい発想が無ければ不可能なのだ。

田島氏は、1993年に始めた究極のリゾート「天空の森」は、最初は誰にも真似をされないものを作ろうと考えた。
しかし、それはすぐに「人間性回復」というテーマに変わっていった。
大自然の中に、裸の自分を置き、今までの自分は何なんだと考えるきっかけをくれる施設でもある。
哲学的なリゾートと呼んでもいいくらいだ。
その対比として「雅叙苑」は必要だし、「天空の森」は「雅叙苑」なしでは存在しない。

いまや「露天風呂付き客室」は、高級旅館に限らず必須アイテムになった。
それを"発明"したのは、間違いなく「雅叙苑」。
1970年から10年間、時代遅れと周りから揶揄され、実際当時は、業績は悪かったが、そこから現在の温泉宿のトレンドを作ったのはこの「雅叙苑」。
その這い上がってきた生い立ちは、人によっては共感する場合が多い。

実際、私が取材している時にお会いする方は、会社の社長夫妻や、成功をおさめた著名人が多いのは確か。
自分の苦労した時代と「雅叙苑」がリンクしている人も多いのだろうと容易に想像がつく。
JTBなどの旅行代理店や、じゃらん、楽天などのネットエージェントにも頼らない、この「雅叙苑」のキャラクターはまさにオリジナリティの塊であり、孤高の存在。
そして、愛すべき温泉宿の姿と私は思っている。